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2007年1月 5日 (金)

私の鉄道模型観~「鉄道模型」か「鉄道玩具」か…!?~

Wabisuke01_1

私は、趣味として「鉄道模型」を看板に掲げているが、
果たして、私の趣味は「鉄道模型」なのだろうか…!?
と最近、思うようになったのである。

鉄道模型は、基本的に、実物の鉄道を
いかに忠実に再現するかにあると思う。
だから、理想を言えば、できるだけ実物に忠実な
鉄道車両に仕上げるべきだと思うし、
レイアウトにおいても
できるだけ大半径でゆったりと走らせるのがいいんだと思う。

でも、私は、プラレールから鉄道模型に初めて転向した時に、
なんで鉄道模型はプラレールのように
急曲線を曲がれないんだろうと思った。
(手元のコントローラーで発車・停車・前後進が
自由自在にできたことには感動したが…。)
また、実物の鉄道に対しても、
遊園地のミニ鉄道のように急曲線を曲がったり、
もう少し寸詰まりだったらかわいらしいのに…などと思ったものである。

16番ゲージでスタートし、
その後、しばらく鉄道模型から離れたのち、
Gゲージ、そして、5インチゲージと
今までの私の鉄道模型人生を振り返ってみると、
結局、私の鉄道模型に対する原点は、
前述の最初の思いにあるんだろうなって思う。
要するに、実物の鉄道を忠実に再現するというよりは、
自分の心の中にあるお伽噺の国を再現してみたいんだと思う。

だから、私の場合、「実物の鉄道」が好きというよりは、
「遊園地のミニ鉄道」の方が好きなんだろうなって思うし、
「鉄道模型」が好きというよりは、
「おもちゃ(鉄道玩具)」が好きといった方が正解なのかもしれない。
ということは、私の趣味は、「鉄道玩具」かも…!?
その意味では、5インチゲージの庭園鉄道は、
私のお伽噺の国を再現するのには最高のステージかも…(笑)。

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庭園鉄道」カテゴリの記事

コメント

とてもうれしいお言葉です。
明日の「おおきにだより」にも、同じようなことを書こうと思っていました。このテーマについては今までも折に触れ自問し書き込んできましたが、このたび模型鉄道のクラブ入って会員の皆さんの活動を垣間見るにつれ、やはりぼくの作っているのはミニチュア鉄道車両であり、何よりも「乗り込む」ことが第一義であると再確認しているところです。
それから自分では気づかなかったのですが、撮った写真を見ると陽射しの質や量などが思いがけず表現されていて、季節の移ろいのすばらしさを認識させられます。
ボチボチのんびり雑草と仲良くしながらやっていこうと思います。

投稿: おおきにくに | 2007年1月 5日 (金) 午前 06時41分

新年に相応しい?壮大なテーマですねぇ。ウチの場合は、とにかく線路のある雰囲気が欲しかったんですよね。それは少しでも「自然」な状態に近いもの(ベランダで自然なんて?、笑)。だから、ガーデニングと共存できる庭園鉄道は気に入っています。常設できるのもイイですよんね。リビングにレイアウトを置いておくのは不許可(泣)、別の部屋ならOKかもしれないけれど、いつものリビングルームから、毎日何気なく見れないと、意味が無いんですぅ。いづれ、本物の線路がもう一本入線するまで、いまのまま楽しもうかと思っています・・・

投稿: LUN | 2007年1月 5日 (金) 午前 09時53分

このテーマ、私もいつかは深く掘り下げてみたいと思っていました。
私の場合 もう50年以上も模型鉄道に付き合って来たのですが、完璧に満足した事はありませんでした。その理由は今回のテーマ、模型鉄道は何ぞやと言う命題が解決できていないからに他なりません。
私も含めて一般には本物への憧れから身近に置ける模型へと目が移って行ったのだと思います。もしそうだとすれば とことんスケールに忠実な精巧な物で無ければ満足できないはずです。
この事は際限が無くどこまで突き進んでも結局は中途半端な満足感しか得られないと言う所に行き着きました。

時折思い出すのですが、ちゃぶ台の上に割り箸を平行に並べて2本の線路を想像し、木切れの機関車で遊んだ事を。その時の満足感は今この歳まで引き継いでいます。

あれって何だったのだろう、単に考えが幼く技術力が無いだけだったのだろうかと。
そこで今一度大人の私がそれを試してみる事にしました。ちょうど季節は正月、コタツにこもりながら猫板の上にそれを展開するのです。(実は我が家にはコタツと言う物がありませんが)

実はこの動作を実際には行いませんでした。しかし頭の中でシュミレーションしてこれは絶対に満足できる行為だと確信しました。理由は簡単です。木片模型の姿と、実車とのスタイルの隔たりは完全に自分の頭の想像力が埋めつくしているのです。水一滴もらさないように。

この想像力と現実のおもちゃ?の連携が模型の本来の姿であり真髄なのだと思っています。


長々と個人的な思いを書いて失礼しました。

投稿: F'Track | 2007年1月 5日 (金) 午後 05時27分

鉄道に掛ける想いって人それぞれなんだなあって、ちょっと感慨にふけっておりまする。慶の父親は鉄道の模型にはまり、鉄道を囲む街を作り、70過ぎて、パソコンの中に近未来の都市を作るのにハマり、なくなるときも○○のスイッチを入れてくれだの、街の明かりをつけてくれだの、そのうち「何々よ~し」「ほら慶、お父さんがよ~しっていったら、復唱しなくちゃ」慶が「何々よ~し」といったら、「これでよし、終わった」と言って意識がなくなり、最後の言葉になりました。体も何も動かせず、癌の痛みに最後は錯乱状態でしたが、頭の中で鉄道を走らせる点検をし、人生を終わらせました。母はぼけてしまったんだといやがって、付きやってやりませんでしたが、慶が鉄道の相手をしてやると、その時は痛みも治まるようで、静かに眠りましたよ。今頃、天国でどんな鉄道を走らせているかな(?_?)
ちなみに弟は本物の鉄道にはまっておりまする。多分時刻表は暗記していると思います。

投稿: | 2007年1月 5日 (金) 午後 10時37分

慶さん、
始めまして。とても心温まる素晴らしいお話をご披露くださいました。慶さんのお父上のような人生のしめっくくり、まるで絵に描いた理想郷です。

私も早くに父を亡くしましたが、残念ながら鉄道や模型の話は一言も出てきませんでした。しかし私に何かを託そうとしていました。

慶さんも、きっといろいろ託されたのでしょう。具体的な言葉になっていなくても、あれだけ心が通い合っていたら 意志は十分に伝わっていたと考えられます。

ご冥福をお祈りします。

投稿: F'Track | 2007年1月 5日 (金) 午後 11時30分

皆様にはお初となります。元松戸新田と申します。社長の事は高校生の頃から良く知る者で、社長も鉄分の道へ引きずり込んだ張本人という認識をお持ちの事と思います。(新京成・京成関係の某サイトへ書き込みをしている者で同じハンドルネームで登場させていただきました)

鉄道模型、鉄道玩具…、人から見た時にどう判断されるかがポイントですね。どんなに精巧に作られた16番やNゲージの車両でも、鉄分の無い人から見れば「ただのおもちゃ」でしかありません。趣味を理解できるのは、趣味人しかおりませんから。
でも鉄道趣味は、そのスジの趣味人の中でもいろいろと論争を吹っかけて来る方もいますので、結果的には判断基準があって無しがごとしです。要は本人がどう判断するかでよろしいのです。これは趣味ですから。
八木軽便鉄道は、しっかりとした路盤を持ち、人を乗せて走らせているわけですから、これはもう立派な鉄道です。
玩具とするならば、対象が小学生未満のまさしく子供用ですが、5インチにもなればライブも走らせる事もできるのですから、玩具の域は超えちゃってますよね。
個人的には八木軽便鉄道が時代に逆行し、有煙化すればもっとスゴイ事になるんじゃ~ないかと思っています。(奥方への説得の方が近隣住民対策よりも大変でしょうが…)
人生かけて生活を営んでいるわけではありませんから、自分がこれでヨシ、と思う程度にのめり込めば、それでヨロシイのでは?
皆さんを含め「私の鉄道」というものは、頭の中でイメージしたものをいかに地上に実現させるか、という事で、2本の鉄路があって、そこを走行する車両があれば、それはもう鉄道なのです…。

最初から長々とスイマセン。


投稿: 元松戸新田 | 2007年1月 6日 (土) 午前 01時19分

おはようございます。
皆々様、たくさんの熱きコメントをびっくりするとともに、
感謝、感謝です。
本当にありがとうございます。

おおきにくに様
私も、乗用できることが大きな魅力と考えていますが、
おおきにくに様のコメントにあるように、
鉄道と季節の草花とが織りなす情景(庭)を楽しむというのが、
私の場合、第一義なのかもしれません。
このことについても、いずれブログにアップしようとは思っていますが、
私の庭には草花もなくてはならない存在ですが、
それとともに、「鉄道」がなくてはならない存在なのです。

LUN様
確かに、部屋の一室をレイアウトルームとして占有することは、
庭に庭園鉄道を敷設することより至難の業かもしれません。
当社の場合、ベランダすら許可されませんし、
部屋に草花を入れることもかなりの抵抗がありますから…。
それから、単に鉄道(線路)だけでも寂しいし、
草花だけでも寂しいんですよね。
要するに、庭と馴染んだ線路というのがいいです。

F'Track様
私が模型に興味を持ったのは、
実物の鉄道からの影響よりも、
幼児教育番組の「おかあさんといっしょ」の「ダットくん」とか、
機関車を擬人化した絵本(今で言えば、きかんしゃトーマス)のような話とか、
ウルトラマンやゴジラなどの特撮用のミニチュアからの影響が
はるかに大きかったんだと思います。
ですから、実物の鉄道に興味を持ったのは、
鉄道模型に取りつかれるようになってから、
付随的に興味が湧いてきたという感じです。
また、当初は、国鉄型オンリーでしたが、
その後、ナローゲージや外国型の存在を知って以降は、
私自身の心象風景に近いナローゲージに興味を持つようになったという感じです。
そんなわけで、実物の鉄道でも幹線用の美しいフル編成の列車よりも、
おもちゃのようなナローゲージや凸凹編成のローカル線に
郷愁をそそられるんだと思いますし、
自由形やショーティな鉄道模型が好きなんだと思います。
要するに、頭の中は幼児体験の時から全然変わっていないし、
幼児体験ですり込まれた心象風景を追い求めてきた軌跡が、
私の鉄道模型ライフだったんだと思います。

慶様
慶様のお父様は、慶様のお陰で好きな趣味(人生)を全うすることができ、
天国でもお幸せな鉄道模型ライフを展開されていらっしゃると思います。
おまけに、弟様がお父様の血を受け継がれているというのも、
天国にいらっしゃるお父様にとってはうれしいことでしょうね。
私も、そんな人生の締めくくりでありたいですね。

元松戸新田様
ご無沙汰しております。
一時は私も鉄道模型から離れておりましたが、
結局、鉄道模型熱が再発したのも、
あの当時の刷り込みが効いているんだと思います(笑)。
確かに、鉄分の少ない方からすれば、
鉄道模型も鉄道玩具もディーゼルカーも電車も
十把一絡げの「電車」でしょうね(笑)。
その意味では、私がこのブログで展開している花々のことも、
花分?の少ない方から見れば、
どれも同じじゃん、どこが違うの?って感じでしょうね(笑)。
まー、その他人からみれば取るに足らない、
どうでもいいと思われるこだわりが趣味の神髄なんでしょうね。
その意味では、こんな楽しい趣味に引きずり込んで下さった
元松戸新田様には心から感謝しております。
なかなかお暇な時はないでしょうが、
機会がありましたら、当社庭園鉄道に遊びに来て下さい。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

投稿: どてかぼちゃ | 2007年1月 6日 (土) 午前 06時10分

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